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2004年、あるプロダクションに所属する新人たちの育成を依頼された日、指導という新しいフィールドでの旅が始まりました。それから早いもので10年以上が経ち、一緒に発声と呼吸の練習をした仲間は4桁を超え(いつしか数えることもやめてしまいましたが)、今も出会いが広がっています。私の経験上、声は、顔以上に、その人の内面を映し出す鏡のようなものだと感じます。そんな大切な"声"を目の前で聴かせていただけるのは、本当に貴重な、有り難いことなのです。
歌の道を志して25年以上、デビューから17年、たくさんの方と共に練習をしてきたこの10年。さまざまな景色の中で、知識を超えた多くの気づきがありました。真の学びとは分かち合ってこそ価値を持つものです。言葉としてお伝えできることを、ここに記していきます。あなたにとって少しでも何かのヒントになれば幸いです。
1. 本来の自分を知るということ。
「この世の誰もが天才である。しかし、魚には木登りの才能がないと評価していたら、魚はダメだと思い込むような一生を送ることになる。」
これは、物理学者アルベルト・アインシュタインが残したとされる言葉です。生き方全般に言える分かりやすい格言ですが、ここでは歌と声について考えてみましょう。
あなたが周りの人の声を聴いて感じるように、すべての人の声はひとりひとり違います。家族でも、たとえ一卵性の双子であっても、やはり同じではありません。声のメカニズムについて少しお話しすると、肺からの呼気が声帯を通り、そこで最初の振動が生まれ、身体に響きが広がります。声帯の大きさ、骨格、筋肉のつき方、舌の長さや口の中の広さなどなど、多くの要素が複雑に関係して声をつくっているのです。これら全てが寸分違わず誰かと同じという可能性は、限りなくゼロだと思います。つまりあなたの声は、歴史上たったひとつの完璧なオリジナル。これは絶対に憶えていてほしいことなのです。
憧れの○○さんのように歌いたいという気持ちは、少なからず誰にでもあると思います。けれども、声質そのものを真似し過ぎてしまうのは、あなたが持つ本来の素晴らしさを隠してしまうことになるかもしれません。ボサノヴァの父、ジョアン・ジルベルトの語りかけるような歌声。ルイ・アームストロングの、人生を描き出すような力強いしゃがれ声。私はどちらも大好きですが、もしもジョアンが「ルイのように歌いたい」と物真似をしようとしたら、彼を愛する人たちは全力で止めるのではないでしょうか。その人らしさを堂々と表現したとき、そこには理屈を超えた圧倒的な存在感が立ち上がります。それは声の大きさでも、声域の広さでもない、存在本来の美しさだと思うのです。あなたが大好きなシンガーの輝きはどこにありますか? 表面上だけではない、深い本質の部分をぜひ感じ取ってみてください。その輝きに共感、共鳴するということは、あなたも本質的な同じもの、つまりあなた自身の輝きを持っている証拠です。声質や歌い方のさらに奥にある光を、他の人の中にも、自分の中にも、きっと見いだせると思います。
誰かと比べて足りないと思うよりも、自分の核となるものを大切に磨く。このような意識で練習すると、確実に声がよくなっていきます。ここで、冒頭の魚の話をもう一度思い出してみましょう。たった一度の人生、限られた時間を「ダメな自分」「天才の自分」どちらへ向けて使いたいですか? あなたへの評価はあなたが決められるのです。
2015年5月 堀田義樹